卒論指導05/17/04

国際社会4年 菊地史子

大型店進出による地元商店街に対する影響

――シネコンと現存する映画館

 

はじめに)

テーマを変えようと思ったきっかけは、まず、最初に選んだテーマの「漫画」という分野があまりにも広く多岐にわたっているため、細部を絞り込むために膨大な時間がかかってしまうこと、また、行政学研究室の論文として考えると、どうしても文化のほうに傾きがちになってしまい、行政のほうにどう絡めていっていいか自分でもよく分からなかったからである。そんな中で、論文指導の時に大型店の進出による商店街の荒廃が話題に出たことがあって、そのことに大きく関心を持った。もとから街づくり分野、商店街などの活性化という興味は持っていたので、そこに、「沖縄ではシネコンが出来たことによって、昔からあった映画館が全て取り壊されてしまった」、という話を聞いて、そのことを宇都宮に置き換えて宇都宮の映画館はどうなるのだろうという関心が大きくなった。自分も時々利用しており、なじみの深い映画館が商店街からなくなってしまうことと、地元の商店街の変化はどのようなものか。大型店の郊外進出と商店街に対しての影響を、この映画館ということをキーワードにして、少しでも掘り下げて論文を書ければと思ったからである。

 

0)映画館

 栃木県に、大型シネコンが相次ぎオープンしている。宇都宮市陽東6の「シンガー日鋼」工場跡地に来月19日、東宝系の大型複合映画館(シネマコンプレックス)「TOHO(とうほう)シネマズ宇都宮」がオープンする。10のスクリーンを持ち、座席数は全1897席(95〜448席)と県内で最大規模の施設となる。

 県内の大型シネコンは、昨年11月にオープンした松竹系の「MOVIX(ムーヴィックス)宇都宮」(同市砂田町、10スクリーン・全2010席)が当初予想を上回る観客動員数を記録している。一方、佐野市高萩地区の「佐野新都市サザンクロス佐野」でも来春ごろ、東急系のシネコン(10スクリーン・約1700席)が開業する見通し。

大型シネコンの相次ぐ開業は、県内の映画館の勢力図を大きく塗り替え、中心市街地の老舗の映画館は、駐車場の容量や設備の充実度で劣勢に立ちそうだ。
 「TOHOシネマズ宇都宮」はJR宇都宮駅東口から約3・5キロに位置し、無料駐車場約5000台を設置する。1階部分はフィットネスクラブ(今夏開業予定)で2階以上の部分が映画館となる。別棟には、イトーヨーカドーを中核とする大型ショッピングセンターが今秋の開業を予定している。
 大型シネコンは、全席指定で完全入替制になる。シート幅を主流の55センチより5センチ広げて快適性を増す。インターネットのチケット販売もあり、携帯電話やパソコンで座席予約を受け付け、クレジットカードで決済する。また、鑑賞時間でポイントがたまり、景品と交換できる「シネマイレージ」などで「リピーター」の取り込みを図る。
 宇都宮市内では、JR宇都宮駅西口の「宇都宮松竹」が9日の営業を最後に閉館したばかり。(05/11/04毎日新聞)

 

1)日本全体

          激減する中小商店。

http://www.kokuminrengo.net/giinban/g3-small.htm

(表1)は1985年から97年までの小売商店数、(表2)は大規模小売店舗数の推移である。

(表1)減少する小売商店 

 

1985年

1988年

1991年

1994年

1997年

小売商店数(万店)

163

162

161

150

142

表2)急増する大型店 

 

1985年

1988年

1991年

1994年

1997年

大規模小売店数

13286

14632

15511

17643

21892

 

この表は、国民連合のホームページから引っ張ってきたものである。この統計は1997年までしかないが、小売商店数が減少し、大型店が増加しているのは明らかである。(最近の動向も今後調査するつもりである)

特に、91年から97年の変化が著しい。この6年間に、小売商店は19万店(12%)減少し、大規模小売店舗は6381店(41%)増加した。大規模小売店舗のすさまじい激増によって、小売商店が激減したのである。これだけではない。

 


(表3)から見ると92年〜97年の間に21万店の小売商店が開設された。それにもかかわらず、小売店総数が19万店減少した。つまり、91年には存在した161万店のうち、約40万店が転業、廃業、倒産あるいは移転したということだ。実に4店に1店という割合である。

 

(表3)開設年別商店数 1997年調査

   開 設 年

  商 店 数

 1991年以前

1214577

 1992年〜1997年

205119

   (1992年)

30594

   (1993年)

33162

   (1994年)

34413

   (1995年)

41062

   (1996年)

46349

   (1997年)

19539

   合   計

1419696

 *1991年の商店数

1605583

 

2) このような大変な事態(91年〜97年)の背景にはなにが起きていたのだろうか。

          アメリカの圧力

1985年以降、日米貿易摩擦が激化し、アメリカは日本に市場開放、規制緩和の圧力を強めてきた。玩具専門店「トイザラス」の進出と絡めて、アメリカは日米構造会議で、大店法の規制緩和に迫った。その要求にしたがって、政府は90年、92年、94年と相次いで規制緩和した。その結果大店法は形骸化して大型店の出店は野放し同然になった。日米安保体制のもとで、アメリカや大資本をおもねり、彼らの利益のために中小商店を犠牲にする政治が、大型店を急増させ、小売商店を激減させたのである。

          大店法

大店法は、地域の住民や中小商店の闘いによって政府がつくった法律である。届出性であり、必ずしも大型店の出店を食い止める法律ではないが、いくらかの歯止めになっていたのは事実である。

 

<今後>

大型店舗と商店街の一例としてシネコンと老舗映画館に的を絞って調べていきたい。栃木県内にこだわらず、老舗映画館、または個人経営の映画館などに、話を聞きに行きたい。(最終的には宇都宮市の映画館の話に戻り、どのように共存していくか、これからの映画館のあり方などを探って行きたいと思う。)